2006-10-20

広隆寺へ弥勒菩薩半跏思惟像を見にいく


ここ数週間、鬼のように忙しかったせいもあって、相方さんのことはほったらかし。おかげで忙しいさなかにゴネられるわで、エラいこと大変でした(笑)

そんなわけで、ってこともないですが、昨日は久しぶりに行ってきましたですよ、恒例の、京都神社仏閣スタンプラリー。

今回は、広隆寺。

いや~、大物から攻めているわけでもなく、かといって地域別に攻めているわけでもなく、適当に、気分次第でふらりと立ち寄ったりしているのですが、今回は大物中の大物です。

今日とのお寺さんは庭を楽しみに攻めることが多いんですが、今回の狙いは、仏像! はい、仏像フェチですから☆

ご存知の方も多いと思いますが、このお寺に安置されている弥勒菩薩半跏思惟像は、戦後の国宝第1号に指定されたほどの一品です。

見てきましたですよ。
これほどワクワクする仏像は、奈良・秋篠寺の技芸天立像以来! …マニアックな話になっていきそうで、すんません(笑)

京都市内と嵐山を結ぶチンチン電車、京福電鉄太秦駅で下車すると、目のまえが広隆寺の山門。
そう、太秦に、このお寺さんはあります。
太秦とはこれまた難解な地名の代表格みたいなもんですが、うずまさ、と読みます。府下まで範囲を広げると、間人というのもありますな。こちらは、たいざ、と読みますが。
まだ京都がただのいち地方どころか荒れ地だった飛鳥時代にいち早く建てられてお寺さんで、建てたのは豪族秦氏の秦河勝。聖徳太子から賜った弥勒菩薩をご本尊として建立したのがこのお寺で、四天王寺、法隆寺などと並んで、聖徳太子建立の日本7大寺に数えられてます。あ、秦氏は朝鮮からの渡来人で、技術者の一族ですね。土木、養蚕などのノウハウを日本にやって来てひろめてくれました。
そういう人が住みついた場所の地名が太秦ですから、これは、何語読み? ひとつの漢字にいろんな読みかたがあるのは、おなじ文字を使う民族がたくさんいて、しかもそれぞれに発音が違い、ときどきの時代に応じて日本と交流のあった民族が流入してきてはそれぞれの発音で喋っただろうから…。んで、秦氏といえば、百済出身? それとも、任那? 新羅? たぶん、新羅出身だと思うんですが、そもそも、百済、任那、新羅で漢字の発音は違ったんだろうか? 知らんことが多いですな、まだまだ。

…などと、解説めいた話は、オレが書いたところでどーにもならんです。Wilipediaでもご参照あれ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E9%9A%86%E5%AF%BA

さて、今となっては街中に忽然と姿を現す広隆寺南大門をくぐってなかに入ってみるとですな、意外と広いです。いや、ここよりも広い敷地を誇るお寺さんは京都になんぼでもあるんですが、周囲のチマチマした街並のなかに忽然とあるもんだから、意外な広さを感じてしまいます。

それと、本堂や講堂のたたずまいが、端正です。
キリッとしてますね。端麗辛口、ってかんじ。
宗派、真言宗御室派となってますが、どことなく禅宗めいた雰囲気もあるし、そのあたりの来歴、ちょっと調べたくもなります。

で、件の弥勒菩薩半跏思惟像ですが、本堂に安置されているわけではないんですよね。行ってみて初めて知ったんですが、ちょっと愕然としました。やはり、宝物館に安置されてました。
宝物館だと、安全上の配慮や、最適な保存環境が守られているのだとは思うんですが、やっぱ、所詮はお寺のコレクション・ルームなんですよね。だから、扱いが美術品なんです。なんだか、霊験あらたかな感じがしない。
第一、煌煌とライトに照らされていますから、陰翳というものがまったくない。仏像なんて、陰翳があってこそですよ。これなら、陰翳を効果的につけてある土門拳の写真集を見ていたほうが、よほど本質的なものがつかめるような気もします。

とはいえ、天下の弥勒菩薩半跏思惟像。やはり、ただものではありませんでした。
謎に満ちたアルカイック・スマイルなんですが、相当に知的な印象を受けます。いや、それ以前に溜め息が出るほど美しいですね。中性的なんですが、妙にエロティック。
非常に下衆な表現をするとですな、こういう男娼がいたら、相当な売れっ子になっていたであろうな、と。

なんだか、仏像というかんじがしません。一般的に思い浮かべる仏像とは、まるで違いますね。弥勒さんのご尊顔も、身体つきも、筋肉のつきかたも、なにからなにまで、数多ある仏像とはまるで違う印象なんです。
仏像ももちろん人間であるお釈迦さんがモデルになっているわけですが、それ以上に、人間のかたちにより近い造形だと思いました。ただし、人間臭い、俗臭さがあるという意味ではないんです。それこそ、なにか非常な高みに到達した人間だけが持つ美しさのようなものが表現されているように感じるんですが、それゆえに、神的な美しさでもあるのですが、それでも、その神は、人間と切り離されたものではなく、人間の延長線上にあるかのような、そういう解釈のもとに成り立っているような印象を強く受けました。

弥勒とは慈悲から生まれた仏ですが、この仏さんと接していると、なにか救われる気分になりますね。
何時間でも見ていられる仏さんです。

ところで、広隆寺というお寺さんは、仏像の保存状態がよろしくて、この弥勒菩薩半跏思惟像以外にも、国宝、重文級の仏像がゴロゴロしています。それらが一同に宝物館に収められているもんだから、なかなかの迫力ですよ。
仏像フェチである柴門ふみが命名した石田壱成似泣き仏のもう一体の弥勒菩薩半跏思惟像。十二神将十二躯なんて、ウルトラ兄弟勢揃い並みのど迫力ですよ。連隊モノに弱い方にはたまらんコレクションですわ。
十一面千手観音なんて、十数本しか腕が残ってないんですが、その腕すらことごとくが途中でボキボキに折られていて、満身創痍でした。満身創痍ですが、それがかえってど迫力で凄みを感じさせます。
他、ブサイクからベッピンさんまで4体ほど並んでいた吉祥天像、大日如来さんに薬師如来さん、もうね、惜しみなく展示してあります。うん、安置じゃなくて展示だな、あれは。

あと、聖徳太子像が何体かあるんですが、これが幼少の頃のお姿で、我々が旧1万円札で知るお姿とはかなり違うわけです。
どう違うのかというと、かなり怖い(笑)
相当に頭がよさげな小学6年生といった印象なんですが、頭がよすぎて、並みの大人じゃ太刀打ち出来ないなというのが一発でわかるような、そういうお姿です。実際、そうだったとは思うんですけれどもね。でも、山岸涼子が『日出ずる処の天使』でかつて描いた厩戸皇子とはかなり違うお姿で、小太りなんです。これには笑ったな。顔の丸さは、ウチの相方さんに匹敵しますな(笑) 本人、大受けでした(笑)

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