2006-07-05

養源院にて宗達筆の白象杉戸絵に出会う嬉しい不意打ち





三十三間堂の周辺の神社仏閣、こないだは5つつぶす予定だったのがタイムオーバーで3つしかつぶせなかったので、火曜日に残りの2つを。

ひとつめは、養源院です。
三十三間堂の東向かいにあるんだけれども、三十三間堂が有名すぎて、ほとんど無視されてるお寺さんですな(笑)
まあ、でも、どんなに立派なお寺さんでも、人がわんさと訪れて、オバハンにワイワイガヤガヤやられた日には、興醒めってもんです。
それやったら、しょぼくてもいいから、静かなほうがいい。
そう思って訪れたところって、意外といいんですよね。こじんまりとはしてるけれども、いろんなもんがてんこ盛り、しかも、ゆっくりホッコリ出来る。。

養源院というのは、そういうお寺さんでした。
でもね、行って初めて気がついたんですが、このお寺さん、かなり有名な宝物をお持ちでした。
そういうことを、全然調べずに行ってるで、嬉しい不意打ちに遭います☆
ここにね、俵屋宗達筆の白象図杉戸絵がありました! 唐獅子、麒麟もあるんですが、白象が出色の出来!

日本画とは思えないほどの大胆な構図とタッチで、ちょっと圧倒されました。
思わず見入ってしまいました。
ぶっとさ、とでも言えばいいのかな。たっぷりとしていて、おおらかで、力強い。それでいて、画面にはギリギリの緊張感があります。
これ、マジで、溜め息が出ますよ。すげぇ~って。
日本の、しかも、京都のようなちまちまとした風土で育って、なにを食べたらこんな線を描けるのか!
ここは縁側から眺められるお庭がないんですが、この杉戸絵を見るだけでも拝観料500円の元は取れます。松図の襖絵も、光琳とはまた違ったタッチの大胆さが楽しめます。

縁起を抜粋しておくと…、
文禄3年(1594年)に豊臣秀吉の側室・淀君が 、父・浅井長政の追善のために建てたお寺です。後に焼失してしまいましたが、淀君の妹で徳川秀忠夫人の崇源院が伏見城の中御殿を移構して再建。以来、徳川家の菩提所となっています。

だから、徳川3代の遺骨が厨子のなかには納められているそうです。

あとの見どころは、鶯張りの廊下と血天井。
天下の大泥棒・石川五右衛門は、ここの廊下が鶯張りだったおかげで見つかって、お縄頂戴、油釜に入れられて処刑されたんだとか。

血天井も、なかなかのもんでしたよ。
伏見落城の際に自害した鳥居元忠らの血で染められた廊下の板が、ここの天井にそのまま移植されてます。手形や人の姿などが、そのまま血痕となって残されています。

んで、おもしろいのは、これらすべて、お寺のオバァがついてまわって説明してくれるんですが、全部、カセットテープなんですよ。オバァがテレコを持って、杉戸絵なら杉戸絵の場所に案内し、そこでテレコの再生ボタンをガシャ。解説が終わればテープを止めて、また次の場所に案内してくれたら、またまたそこでテレコの再生ボタンをカシャ。
でも、血天井だけは、オバァも長い竹の棒で天井を指し、ここが手形の血の跡で、ここに人のかたちをした血の跡があるからここで切腹して…、と、説明してくれるんで、ここはテープというわけにはいかないみたいです。だから、オバァ自身が説明してくれるんですが、これがもう、テープの解説を聞いてるみたいによどみなくて(笑) しまいには、どれがテープでどれがナマの解説なのかわからなくなってくるくらいでした(笑)

そんなわけで、養源院、縁側から眺められる庭こそないけれども、けっこういいかんじですよ。てんこ盛りです。

もうひとつ行った先は、妙法院。
こっちはお寺さんの境内には入れるんですが、建物の中には一切入れてくれないという、不思議なお寺さんでした。普通、入れないところは境内にも入れないんですけどね。
なので、境内をぐるっと散策して退散。
なんの印象もなかったです(笑)