だるまの次はおかめです(笑)
こないだ、だるま寺に行ったときは5軒ほど神社仏閣をまわったのですが、だるま寺の次にヒットだったのが、千本釈迦堂ですね。
千本釈迦堂。正式には、大報恩寺。
千本通りの近くにあって、釈迦如来をご本尊としているので、千本釈迦堂。
ちなみに、千本通りの名称は、平安時代に供養のための卒塔婆が1000本立てられ、それに平行して1000本の桜が植えられたからということになってますが、今では、卒塔婆も桜もなく、ま、どこまでほんまの話か?ってかんじですが。
京都のお寺さんというのは、創建当時から焼けずに残っているところってほとんどなくて、木造だから焼失しちゃったものもたくさんあれば、応仁の乱で大半が焼けちゃったりもしているので、今現在あるのは、どこも、なんらかのかたちで再建されたものばっかりです。
でも、この、千本釈迦堂の本堂は、数少ない、創建当時のものでして、鎌倉時代初期からの姿をそのまま残しています。その価値もあって、本堂自体が国宝なのですね。
なので、それなら見たいじゃん!って、わりと胸躍らせて行ったのですよ。
事実、それがウリだし。
上七軒の色街(もはやその面影もないですが…)から六叉路のうちのひとつを北に進むと、細い直線の路地が続いていて、その突き当たりに、あります。
思いっきり町中にあって、それこそ庶民のためのお寺さんなんですが、この道を歩いているとね、次第に境内に近づいていくのが、寺参りの期待感をちょっと高めてくれます。
で、小ぶりの山門を入ると、正面に、でーんと、本堂(釈迦堂)がありますわ。これが、噂の国宝建造物。
なかなか立派な入母屋式の本殿なんですが、大瓦屋根じゃなくて桧皮葺きの屋根なので、でっかくても威圧感がなく、むしろ軽快さがあって、まさに、庶民のためのお寺さん!ってかんじです。
創建が鎌倉時代初期の1227年ですから、当時の流行である浅いカーブを描いた屋根のフォルムが素敵です。オレ、この時代の屋根のフォルムがかなり好きなので、これはちょっと見とれてしまいました。
さて、千本釈迦堂といえば、おかめです。
本堂横にも、おかめ塚なるものがあります。
でも、なんでおかめなんでしょうか…。
縁起を見るとですな、こんなことが書かれてました。
なんでも、本堂を造営の際、棟梁が、柱の寸法を間違って短く切っちゃったらしいんですよね。でも、この柱の材木は、信徒が寄進してくれた貴重な木材で、そのことで棟梁は大変苦慮していた、と。
んで、そんな棟梁を見かねた奥さんのおかめさんがですな、いっそのこと、枡組にしてしまえば!と、提案したんですと。
大黒柱にして点で屋根を支えるんじゃなくて、細かい木を枡のように組んで、点じゃなくて面で支えるようにすればいいでは、と。
このアドバイスのおかげで本堂は無事に建立なり、上棟式も行われたのですが、おかめさん、上棟式を待たずして自害してしまうのですよ。
夫である棟梁は大任を果たして名声を上げたのですが、そこに妻の助言があったと世間に知れたら棟梁の名に傷がつくので、それを怖れ、この身はいっそのこと夫の名声に捧げましょう!と、自害。。。。
そんなんで死んじゃったら、かえって、妻に助けてもらった夫として、大々的に世間の知れるところになるような気がせんでもないんですが、まあ、美談になってます。
そんなこんなで、おかめさんのお寺さんでもあるわけなんですが、やっぱりありましたですよ、おかめのコレクションが(笑)
だるま寺といい、どーも京都のお寺さんは、コレクションに走る傾向がありますな…。
このお寺さんも、あっちゃこっちゃに、おかめさんが出没してます(笑)
ちなみに、おかめさんは、漢字で、「阿亀」と書くんですが、亀は幸運を運んでくる動物なので、福々しい名前ですね。お多福さんと同一人物で、これが、その当時のベッピンさんですわ。
町中なので間口は小さいですが、国宝です☆
立派な枝垂れ桜。おかめは、「阿亀」と書くんですね。知らなかったですが、当て字かも
この本堂が国宝です。京都最古の木造建築物。
おかめさんと相方さんのツーショット。そっくりです(笑)
屋根のフォルムがたまりません☆
賽銭箱の横にも、おかめさんがひょっこり☆
やっぱり、募集に走る…。おかめさんだらけです。。。
まだまだおかめさんが…。
なんぼでもいます~。
こんなおかめさんもいます~。
お面もたくさんあります~。
本堂内には、おかめさんの石像がありました。たぶん、撮影禁止(笑)
ボケ封じの観音さんもいらっしゃいます。
ボケないように、オジィとオバァが観音さんにすがってます~。
2007-08-22
だるまの次はおかめ(笑)(千本釈迦堂)
2007-08-19
だるましかない…(達磨寺)
1週間以上奈良旅日記を書き続けてきましたが、オレの神社仏閣巡りのホームグラウンドは、京都☆
ちゃんと、京都にも行ってますぜ。でも、この夏、初めてのラリーかもしれません…。
で、今回行ったところは、北野天満宮付近。なかなか行きにくい場所にあるお寺さんばっかりでして、ちょっと後まわしにしていたんですが、ようやく行ってきました。
行ってみたら、あたり☆というか、ワンダーランド!みたいなお寺さんばっかりで、ヤバいです(笑)
今回は、そのなかのひとつ、だるま寺を。
京都は円町にある、だるま寺。一応、法輪禅寺という名があるのですが、観光マップにすら、だるま寺とだけ書かれております(笑)
だるまといえば、禅宗の開祖、達磨大師。
達磨大師は中国の少林寺で修行したインドの高僧ですが、壁に向かって9年間、座禅を組んだお坊さんです。その過酷な修行は、座禅を組みすぎて手足を腐らせるほどでね。だから、だるまには手足がないんですが…。
そうやって開眼した悟りの境地って、あまりに狂気すぎてオレには想像すらつきません。禅の精神を表した枯山水の石庭も、あそこまで世界を抽象的に見るって、やっぱ、狂気の沙汰だと思いますわ。よく、禅とわびさびを重ねる人がいますけれども、わびさびの境地を体得するまでの過程は、やっぱ、狂気ですよ。
だって、手足が腐るまで座禅組んで、9年目にして開眼ですよ。そんなもん、常人には無理でしょうが。ましてや、禅の修行って、今でも過酷だし。まあ、宗教から狂気を抜き去ると、宗教は宗教でなくなりますが。
仏教は、もともとが、人々の救済なんか目的としていなくて、個人が解脱するための身体的精神的な鍛錬のマニュアルを説いたものですが、そこに大乗の考えが入り、救済が目的となり、仏像という偶像も出来、教典という教科書というか権威のようなものも出来てくるわけです。
そういうものの一切合切を拒否して、修行の中にこそブッダが説いたものの真髄がある、原点に返れ、と、実践したのが、達磨大師ですね。
つまり、仏教のルネサンスを行ったのが、達磨大師。
ただ、そういう禅を爆発的に広めたのは、中国に慧能というお坊さんがいたからです。
この人は、人間にはもともと仏性が備わっているのだから、ただ座禅を組んで、自らの裡にある仏性に気づけばいい、と。
この教えのおかげで、禅は一気に爆発的に広がり、今や、ヨーロッパのキリスト教寺院ででも座禅を取り入れる始末です。
念仏を唱えるだけで極楽に行ける、と説いた、法然さんに似てますね。
というような、禅についてのあれやこれやを知ることが出来るのかな、と、淡い期待を抱いて行ってみたら、そんなことは全然なくて、ここはどう見ても、だるまマニアのお坊さんの拠点にしか見えません(笑)
とにかく、ありとあらゆるところに、いろんな種類のだるまが置いてあって、まさに、だるまワンダーランドですわ(笑)
一応、禅を学ぶ達磨道場の拠点、などと縁起には書かれてますが、絶対に、だるまマニアのための博物館ですから(笑)
だるまマニアの方は、ぜひ☆















あ、おもろいソフトを手に入れたので、だるま寺のプロモ・ビデオなんざ、つくってみました(笑)
『だるま寺』
luis